環境色彩計画について


吉田愼悟 著書 「景観法を活用するための 環境色彩計画」 序文より (一部変更)

 

景観法と環境色彩

 

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色に対する趣味は人によって違うので、個人が所有する住宅の外壁色を規制することに反発する人も多くいます。しかし現在の日本の混乱した色彩環境を見ると、個人の所有物であっても多くの人の目に触れる部分の色彩使用については、何らかのルールが必要なのではないでしょうか。

2005年6月、国は良好な景観の形成を推進するために景観法を施行しました。景観法の基本理念には良好な景観は国民共通の資産であると書かれています。地域の景観を育てていくためには、個人が所有する住宅であっても、その外観は地域景観の構成要素であるということを認識し、周辺との関係に配慮する必要があるでしょう。

色彩は周辺との関係が整った時に美しく見えます。個人の趣味で勝手に色彩を使っていたのでは、まち並みは地域の資産とはなりません。景観法では地域の個性が尊重されていますが、その個性的な景観を育てていくために、色彩は重要な位置を与えられており、地区を定めて建築物の形態意匠と共に色彩の制限を行うことも可能になりました。今後、日本各地で景観形成が活発化するでしょう。

 

デザインは付加価値か

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岐阜県白川郷の家並み

20代の頃、私は著名なカラリスト、ジャン・フィリップ・ランクロのアトリエでフランスのまちの色彩について研究する機会を与えられました。その時出会ったフランスの伝統的なまち並みの美しさは今も忘れません。屋根や外壁に使用されている建材が揃っているために、まちは群としての統一感を持っていました。玄関周りにはそれぞれ個性的な色使いがなされ、それらを見て歩くことはとても楽しいものです。
まちが群としての統一感を持ち、それぞれの家の個性的な表現はその統一感の中で行われていました。

世界中の伝統的な建築物の建材は、基本的に地域で産出した石材や木材が用いられています。それはその土地の気候・風土に育てられたものです。そこに住む人達は地域の自然がつくった色彩を基調として、様々な工夫を凝らしてまちの風景を育ててきました。

地域の色彩を知り、それらを尊重して風景を育てていく手法は、私のカラーデザインの基本となりました。大学時代に出会った日本のデザインは、ものづくりに偏重しており、売れる造形を競っていました。そこではモノが置かれる場に対する配慮が欠けており、形態や色彩の目新しさばかりが求められていました。
色彩はモノに付加価値を与えるだけのものではないと考えていましたが、学生時代にはその具体的な展開方法は見つかりませんでした。地域素材を使った統一感と個性を併せ持つフランスのまちとの出会いは、新しいデザインのあり方を予感させたのです。

 

色はお化粧ではない

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イタリア フィレンツェの屋根並み

フランスで、地域に蓄積されてきたものの中に規範を見つけ、そこに時代の創造性を加え、風景を育てていく手法に出会った時、付加価値としてのデザインとは決別することができました。
風景は外側から飾ることではなく、内側にある人々の暮らしが表出したものです。環境色彩デザインを建物の化粧術だという人がいますが、統一性と個性を併せ持ったフランスの伝統的なまち並みを見た時から、私は色彩は表面に施した化粧ではなく、内面を映し出す皮膚としてあるのだと考えるようになりました。

最近は市民参加のまちづくりが活発になってきていますが、私もこのような活動に参加する機会が多くなりました。カラーデザイナーとして外部から色彩を提案するだけではなく、地域活動に参加してまちを活性化することが、内部から滲み出る皮膚としての色彩をつくるために必要であると考えたからです。

 

細分化されたデザインをつなぐ色彩

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新潟県 新潟市歴史博物館

環境色彩計画は単に建物に合ったきれいな色彩を提案することではなく、地域の風景をつくるためにあります。そしてその風景は地域の暮らしと深くつながっています。そのためには地域を理解することが重要です。流行を先取りした新しい色彩でまちを飾ることではなく、そこに蓄積されてきた色彩を、地域の人達が認めることが大切だと考えています。

環境色彩計画はまだ一般にはなじみの薄い分野です。しかし色彩はすべてのデザイン分野と関わっており、細かく分割されたデザイン領域をつなぐことができます。
環境色彩計画は、まちを媒介としてこれまでのデザイン分野を統合する新たなデザイン領域でもあるのです。

吉田愼悟